ソーシャルブックマークと気にくわないコメント このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 11th, 2008

普段、自分は情報を整理するのと後でブログを書くためにソーシャルブックマーク(SBM)をしている。はてなスターが出来るまで自分以外の第三者が見ていることはあんまり期待していなかったのも事実である。

誰のためにSBMをするか?

はてなスターを付けられることでブックマークをするのがとても楽しくなった。
自分がSBMをするのは先に書いたように一番は自分のためであり二番目に同じページをブックマークするブックマーカであり、ページの作者に読まれることはそれほど期待していない。

そのため、作者から気にくわないコメント=ネガコメとして思われることもあるだろう。

ネガコメでもブックマークされるだけまし

他のページでも書いたが何か書いたり言えば反論されたり言及している内容によっては罵倒されても仕方がないと考えている。
そもそも、反応が何もないのに書くモチベーションを保つのは難しいと思う。

もちろん、心ないネガコメで傷つきブログを書くモチベーションをなくす人もいると思うが、逆に胸を張ってもいいと思う。
今やすごい数のブログが存在し注目されることも難しいがその数あるコンテンツの中でも否定的な理由であるにせよ注目を浴びているのだから。

もしかして、後でブログに書いてもらえるかも知れない。そしたらあなたの他のエントリーも見てもらえるかも。
ブログをしていてたくさんの人に見てもらいたいためにブログを始めたのならなおさらだろう。

批判を笑って受け流す度量

自分の持っているホームページやブログをいろんな人に見てもらいたいのであれば、ネガコメであろうとそうでなかろうと歓迎する度量とおおらかさが必要だと思う。

ブックマークされるのはちょっとした手間なのだ。また、SBMだけでなく、批判的な意見がトラックバックされるかコメントされるかも知れない。
もしかしてそれらのコメントを見て傷つくかも知れないけど、注目されるだけいいことなのではないだろうか?

批判をされてこれでアクセスがあがってラッキーと思うぐらいの気持ちがなければブログを書き続けることは難しいと思う。

いわゆるアルファブロガーの中の人は気にも止めていないのではないだろうか?

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admin blog, はてな, ネット

wp-hatena を使用することにしました。 このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 11th, 2008

wp-hatena を Livedoorクリップ その他色々対応させてみました | Numb..

からいろいろなSBMに登録できるようにしました。

作者さんありがとうございました。

admin wordpress ,

ネットでのトラブルを避けたいな このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 10th, 2008

ネットは普及し誰もが利用している。
とくにi-modeや写メールなどのサービスにより携帯でのメールが一般的になるにつれて今や老若男女ネットを利用している。

また仕事でもメールでの連絡が普通になっている。今やネットなしではビジネスを考えるのは難しいのではないかと思う。

メールをはじめとするネットを利用したコミュニケーションは文字が中心でありなかなか意図したことが伝わらないのではないかと考える。

2ちゃんねる、mixiなど文字中心の掲示板などで発言するときには、発言が共感され、相手のいうことを聞く度量または聞き流すぐらいの余裕がないと楽しめないのではないかと思う。逆のことをすればネットを楽しめないのではないだろうか?

人の話を聞かない。
人が書いた文章や意図をよく読まずに議論を続けると発言することが歓迎されなくなる。
空気を読まない。
発言が歓迎されていないと感じてたなら発言は控えるべき。
わざわざ掲示板のルールに書かれていることに不満を述べても誰も評価をしてくれないことは理解した方がいい。
罵詈雑言
自分の書いた言葉は往々にして自分自身をあらわしていることがあることがある。極力そのような発言は避けるべきである。
興奮状態でネットをする
多くの人はネットではお金をもらっているわけではない。
いくらネットで熱い議論を行っていてもそれで必要以上にエネルギーを使うべきではない
煽り
相手にしてほしいばかりに煽る人がいるが、嫌われるだけなので極力煽らない方がいい。
誹謗中傷をしない
あなたがしたことは、あなたに返ってくることをよく考えるべきである。あまり誹謗中傷がすぎると訴えられる可能性がある。
あなたがまっとうな社会生活を送ることを望んでいるのなら訴えられるリスクは出来るだけ排除するべきである。

自分がいくら注意していてもネットトラブルに巻き込まれる可能性はあるが、自分が「荒らし」になるようなことは避けるべきである。


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admin ネット, 雑感 , ,

mixiってみんなが望んでいるSNSなのだろうか? このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 9th, 2008

みんなmixiに飽きた?

mixiは日本で最も本音が言えないコミュニティになってきたのかもしれない になぜmixiに飽きたか実際の利用者が意見を述べている。

ぐだぐだ長いエントリーを書きますが要するにこういうことです。

・ブログは本音が言える匿名/非匿名コミュニティ。
・mixiは本音が言えない非匿名コミュニティ。っていかもう何も書きたくない。

マイミクにネット外での友達がいると誰か特定される可能性が高くなる。これではストレスを感じるユーザがいてもおかしくない。

またこのエントリーの作者だけでなく日本ではSNSの人気が少なくなって来たようである。

SNS利用者の4割強が「アクセス回数以前より減った」 ~SNSから始まる恋「アリだと思う」も6割半から5割に減少 – アイシェア リサーチ

もう飽きた? 「SNSへのアクセス減った」が4割 – ITmedia News

最大手のmixiもきっとこれらのニュースをみて対策に頭を悩ませるんじゃないだろうか?

要は利用者次第

mixiは利用方法によっては凶器にもなると思う。

mixiは本音と建前が同じ表層にあるのが恐ろしい

上のリンクを読んでいただくと分かるが特定の人を批判しながら、本人には知られないように日記を書けるらしい。 このようなことを自分がされたらmixiやめちゃうかも。

mixi疲れにならないために – しげっと! ではmixiで疲れない利用方法について論じている。

自分は「リアル友人との近況報告用」みたいな位置づけでmixiを利用しており、具体的には日記を通じて高専や専攻科の同級生の近況を知ったり、忘年会や新年会などのイベントを開催するときの連絡用としてコミュニティなどを利用しています。

SNSを快適に利用するためにはある程度割り切った方法が必要なのではないだろうか? けど最初にSNSが喧伝されたとき元々ある友人とオンラインでつながり、更に友達の友達とも知り合うことが出来ることが出来るというのを売りにしていたと思うので後者のような使い方をSNSのサービス提供者も利用者も望んでいたように思う。

mixi は SNSではなくてmixi

mixi疲れにならないために – しげっと!のような利用者ばかりだとなかなかページビューも稼げなくて運営会社にとってあんまり望ましいユーザではないのではないだろうか?

コミュニティ機能やニュースから日記が書ける機能はあるが、これってSNSでどうしても必須な機能なのだろうか? 趣味を通して知り合うのであれば何も本来のSNSではなくてもいいような気がする。

要はユーザを増やしつつユーザに広告を表示させるのであればSNSの最低限の機能だけではなくいろいろ追加した結果今のような形になったのではないだろうか?

小規模なSNSの方がSNSぽいことが出来るのでは?

mixiは大きくなりすぎしかもmixi内でインターネットの他のサービスと同様な(代わり映えのしない)サービスを提供している。 おそらくSNSで一番有効な差別化は入会する敷居の高さと入会したいなと思わせる「ブランド」だと思うのだが、お金を払ってまでサービスを受ける習慣がないインターネットでは難しいような気がする。 mixiはそろそろSNSだけではなくその他のサービスを考える時期に来ているのではないだろうか?


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admin 2ちゃんねる, blog, mixi, ubuntu, ネット, マスコミ ,

「幸福感は伝染する」からできるだけ笑顔でいよう このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 8th, 2008

「幸福感は伝染する」、同僚より隣人・友人から強い影響 米研究 国際ニュース : AFPBB News.

最も重要なのは、人々が社会的ネットワークの一部であるということで、ひとりの健康や幸福感が他人に影響を与えるということを認識することだという。

このことからできるだけ幸せそうにしていることって重要だと思う。

ネットでもできるだけ幸せそうにすることが重要だと思う。

学校裏サイトなどでのせいでネットが青少年に与える影響は悪いと思われている。

特に新聞やテレビでこの問題は報道されているのでそのようなイメージがあるだろう。

BBCの調査によると10代の青少年によい影響を与えるという調査結果もあるらしい。

らばQ:インターネットは10代の青少年に良い影響を与えているとの研究結果

それによると、テクノロジーに対するスキル、現代社会におけるコミュニケーション能力などを習得しているとのことです。
… 中略 …
ネット上で起こるトラブルもありますが、時代を踏まえるとネット上で解決していけるような仕組みを考えていく必要もあるのではないでしょうか。

ネットはもうすっかり定着したのでいまさらなくすことはできない。
だから、ネットの付き合い方って十分に論じられる必要があると思う。

「幸福感は伝染する」のであればネガやdisってばかりしないで人を楽しませたり喜ばせたりする方法論についてまじめに論じる必要があるのではないだろうか?


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admin ネット

勝手にリンクが張られて反論されるのは当たり前 このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 8th, 2008

はてなで一部「ネガコメ」と呼ばれる言葉が使われている。

けど「ネガコメ」問題ってWebが誕生したときからある問題だ。

リンクが出来るのがweb

自分が最初ウェブを経験したのはもう15年くらい前になると思う。
それまでは電子メールとusenetがインターネットの主なアプリケーションだったと思う。
Webの一番の特性は自分のコンテンツでないコンテンツに簡単にリンクできることだ。

yahoo!も最初はネットにあるwebコンテンツのリンク集のようなものだった。

リンクを貼られるのを嫌う人

インターネットの黎明期から自分のコンテンツに無断でリンクされるのを嫌う人がいた。

けどそんなことを表明しても無駄だったと思う。
簡単にリンクされるのがwebのもつ基本ルールなのにそれに反発したってあんまり意味はない。

もちろんリファーラなどで特定のリンクからのアクセスを制限することは可能だ。けど無料のサービスでは設定することは出来ない。

発言したことは批判されても仕方がない。

ここまで書いてきたようにWebの特性上、Webで自分が書いたことをWebで批判されることは防ぎようがない。
よくよく考えたらネットだけの話だけでなく言論というのはそういうものだと思う。
そもそも批判がなければ言論は成り立たないのではないだろうか?

何かを主張するのであれば批判も甘んじて受けなければいけないと思う。

建設的な批判なのかただの悪口なのか

悪口しかいえない人っている。
もしかしてネットをする人はそういう人が多いのかもと思ったりもする。
悪口しかいえない人はそういう人なんだと思うしかないと思う。

ようは相手にするだけ無駄と思う。

けど批判的な意見には見るべきものもあるのかも。

反応がないことより反論があったほうがもちろんよい

自分は色々考えがあってブログをはじめた。

自分の文章もちぐはぐでついついクリックしてしまうようなタイトルをつけることもできない。

そのためほとんど反応がない。

反論があるほうが反応がまったくないよりいいと思うのは自分だけだろうか?


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ネットでたちの悪い冗談を言わないで このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 5th, 2008

犯行予告をした人は大体捕まるようである。

犯行予告で逮捕されたけど聞きたいことある? – アルカン速報
には犯行予告をした人がその後逮捕され2ちゃんねるのスレをたて事後報告をしたことがまとめられている。

逮捕されたときの様子や釈放された後の心境がよく分かる有益な情報だと思う。

特定されるのはIPアドレスからだけではない

上のリンクではなぜ警察が犯行予告をした人を特定したかは分からないがふつうに考えれば2ちゃんねるの運営が書き込んだもののIPアドレスを公開しているので、そのあと警察がプロバイダーに照会して特定されたのだろう。

それだけだと証拠としては不十分かも知れないので逮捕前には更なる証拠を持っていたかも知れない。

不正に無線LANのアクセスポイントを使用した場合IPアドレスは十分な証拠にならないことがある。実際に起こった事件がある。

ねっと事件簿 第4章 ついに逮捕、起訴、再逮捕…リテラシーなきネット利用者

犯行予告は絶対にしない方がいい

犯行予告をする動機ってなんだろうか?

冗談のつもりで犯行予告をする人もいると思う。中には未成年者で犯行予告で逮捕された子供もいると聞く。

けどどう考えても犯行予告をするメリットはほとんどなく、デメリットの方が大きい。

ネットは書いた瞬間から全世界から見ることが出来るし、その書き込みは冗談と受け取ってもらえないと思うぐらいがちょうどいいのではないだろうか?

後悔先に立たず

書き込んだことは取り消すことは出来ない。
不都合が起こったところで書き込んだことを後悔しても後の祭りである。
過激なことを書き込むのであればそのリスクは知っておいた方がいいと思う。

その他の事例

痛いニュース(ノ∀`):「2ちゃんねる」殺人予告で18歳少年逮捕 「殺す」ではなく「投す」悪質だと警察は判断
痛いニュース(ノ∀`):爆笑・太田殺害予告で逮捕された2ちゃんねらー、生放送で太田光と直接対決
realiste0についての覚書
2ちゃんねるに「小学生◎します」と書き込んだ男、懲役1年執行猶予3年の判決:アルファルファモザイク


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admin ネット, ヲチ

ネットは保管庫 このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 4th, 2008

ネットでの書き込みが多い人ほど過去に書いたものまで参照されることを忘れてはいけないと思う。

ブログなんてその最たるものである。

ユニークな主張をすれば特定される

あなたのその主張がユニークでとんがっているほどあなたがどのような人かまた最悪の場合特定されることがある。

ネットで長い間そのようなことをしていればそのような事態が発生する可能性が高くなるだろう。

ネットって本当に匿名性が高いのだろうか?

ネットが匿名性が高いのはROMっている場合に限ると思う。
ネットで「犯罪予告」をすれば大体捕まることからもそれは分かる。

警察沙汰にならなかったとしてもたくさんの文章を書くことで知らず知らずのうちに自分自身で特定されることを書くことは案外高いのではないだろうか?

IPアドレスから本人が特定されることよりも、書き込み内容から書いた人が誰かを特定されることが多いのではないだろうか?

ネットで書き込むのは覚悟が必要

ネットでほとんど書き込みを行わない場合は絶対と言っていいほど自分が誰か知られることはない。

ブログやホームページを持っている人は何か主張したいことがあるはず。
書き込み量が多いほど自分がどのようなことを考えているのか他の人から見えるのだ。ブログではそれが時系列で確認することが出来る。

その主張があんまり独特のものだと観察対象者のように2ちゃんねるのような匿名掲示板で書いていても特定される可能性が高くなる。

例: 山田AGと「いぬ」の共通点について

ネットでの書き込みは注意が必要

利用しているサービスがmixiのような会員でないと見ることが出来ないサービスを利用している場合にでも安心してはいけない。
ネット以外で知り合った友達をマイミクとしている場合、あなたがいくら注意していてもあなた自身が特定されるかもしれない。

mixiは人気の高いサービスでいろいろな人がいることも忘れてはいけない。ネットで起こっていることはmixiのような会員だけに制限された所でも起こり得るのだ。

愚痴とか特定の人を誹謗するようなことは書かないべき

インターネットは誰があなたのブログやホームページを見ているか分からない。
愚痴とか誹謗中傷めいた攻撃的なことを書くのはあまり感心しない。
そのようなことを書くときは必ず感情的になっておりついつい自分でも認識しないうちに自分が特定されるような可能性が高い。

相手によってはあなたの書き込みに対して裁判を起こす可能性や警察沙汰になる可能性についてのリスクについてよく考えたほうがいいと思う。

例:山田AG風裁判の真実(仮)−対 壇俊光弁護士の事件

実名で書いても恥ずかしくないことを書くべき

匿名での発言をする場所があってもいいと思うし匿名で発言することは悪いことではないと思う。そもそも著名人でない限り実名だろうと匿名で発言しようとそれほどの違いはないと思う。

しかしネットでの書き込み量が増えれば増えるほどあなたがどのような人か透けて見える。
最悪の場合あなたが誰か特定されてしまうだろう。

あなたの書き込みがあなたのものだとネットで多く知れ渡った場合でも恥ずかしくないことをネットでは書くべきではないだろうか。

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admin 2ちゃんねる, blog, ネット, ヲチ, 匿名性

「常識」を前提にした不毛な議論 このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 2nd, 2008

ネットで誰かと議論するとき「常識」を振りかざしたり相手の人格を傷つけるようなことを指摘して自分のいっていることが正しいと主張する人がいる。

そのようなときはネットにはいろいろな人がいるとあきらめて議論を中断した方がいい。
多分、そのようなことをいう人は正常な精神状態ではないか、またはどこにいっても人とのコミュニケーションにおいて問題を起こすような人だからだ。

そのような人物に対していつまでもつきあってあげる必要はない。つきあうエネルギーと時間は絶対に無駄になるからだ。

ネットを趣味でやっているのなら必要以上にエネルギーを費やす必要はない。

自分が正しいと過信すること

ネットで自分の考え方を書くことってエネルギーを使うし、下手したらトラブルに巻き込まれる可能性もあるのになんでみんな書くのだろうか?
なにかどうしても自分が考えていることを理解してほしい。またその思いを共感してほしいと思うから書くのだと思う。
けどその思いが強いとどうしても自分の思いや考え方を押し付けることになると思うのだ。

これはブログだけにとどまらず、2ちゃんねるのような掲示板、mixiのようなSNSでも傾向は同じではないだろうか?

自分のことを100%理解してもらえないと思った方がいいのでは?

親子でも100%理解できないと思う。少なくても自分は100%親のことを理解できているとは言えない。
ネットでは基本的にテキストでの議論が多いと思うのだが、ほとんど会ったことがなくこれからも会うことがないであろう人から完全に理解されかつ理解するということはすごく難しいのではないかと感じている。

実際に会ったことのない人とネットだけで理解されることは期待するべきではないと考えた方がいいのではないだろうか?

人の考え方はそれぞれ違うということ

あるまとめサイトを自分は運営しているのだが自分のしていることが絶対に正しいという自信はない。
特に第三者が私のサイトをみて私のしていることが「100%の正義」であると思ってくれることはぜんぜん期待していない。ただ、このサイトを必要としてくれる人がいると信じるに足ることがあったのでずっと運営は続けるつもりだ。

このサイトを運営してよく理解できたことは
自分の正義感を押し付けてはいけない
ということだ。

自分の考えを押し付けるのは荒れるもと

ある事柄について話しているときにどうしても受け入れることが出来ない考え方を持つ人がいる。そのときには対処方法は大きく分けて2つあると思う。

  • 徹底的に議論する。
  • 徹底的に無視する。

どちらが正しいかは自分は断定できない。話している話題と相手と場によると思う。

必要以上に熱くならない。

どちらの方法を採るにしても気を付ける必要があるのが感情的にならないということだと思う。
熱くなりすぎて相手の人格を傷つけるような発言をすれば収拾がつかなくなる。

自分の常識は何かを語らない

相手の主張していることが自分の「常識」と違うからといって、そのまま『あなたは非常識ですね。』といったらだめなような気がする。
そのようなことを言えば「話すのは無駄だ」といっているようなものだからだ。

議論を続けたいのであれば自分の「常識」が正しいかをよく考えた方がいい。

そのように思うときには正確な判断は出来ていないはずなのでしばらくその議論話題から離れた方がいいのではないだろうか?

ネットに過剰な期待はしない方がいい

仕事で知り合ったり、学校で知り合ったりする人間関係とは違いネットで知り合うことで出来ることいえば軽い共感が得られるぐらいではないだろうか?

リアルなつきあいでは苦手な人と付き合わなければいけないときがあるが、ネットではイヤになれば無理に付き合う必要がない。

したがって完全に理解してもらう必要はないのではないだろうか。

追記:書き上げた後に自分が共感したブログがありました。

■自分の好きな物や信じてる物を否定されると話が通じなくなる人が身の回りに多くて困る
こういう人たちと上手く付き合う方法はない物か。

そういう人たちとネットではなく実際に付き合っていくのって大変だと思うが、ネットであろうとそうでなかろうと相手にあわせて聞いてあげるということも重要な気がする。

ただそれを本当に実行するのは大変だと思う。


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admin ネット, 議論, 雑感 ,

人は本当に真実だけを求めているのだろうか? このエントリをはてなブックマークに登録 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録

12月 1st, 2008

世の中には嘘がたくさん存在する。

けどそのような嘘が嘘と認識されずに本当のことだと思われることが多い。

既存のメディアはネットに嘘や誹謗中傷があふれかえっていることを指摘するが、それは何もネットに限ったことではない。

なぜ嘘がまかり通るのだろうか?

たとえばイラク戦争は「イラクに大量破壊兵器がある」と嘘の報告を元に始められた。

実際にはたくさんの人がその情報を信じてイラク戦争開戦に賛成しそのときのブッシュ大統領の支持率は非常に高かった。

もちろん、メディアがだらしなかったからだということも考えられるが、それだけではないと思う。

人は自分が想像できる情報を信じてしまう傾向があるのではないだろうか?

2008年11月下旬の現在から見ると、「ブッシュってバカだな。今の米国の惨状はすべてブッシュのせいだ」といった感想を持つ人も多いと思うが、911からイラク戦争開戦までの状況を考えてみると、イラクと戦争をしたがっていたのはブッシュだけではないはずだ。

ブッシュは悪の枢軸などといって煽りまくっていたがやはり911はアメリカ国民がヒステリックになってもおかしくない大事件だったのではないだろうか?

911がなければアフガン侵攻もイラク戦争もなかったと思う。
911によりアメリカ国民は戦争を辞さずという気分になったのだろう。実際に911後はブッシュ大統領の支持率は上がり、愛国法まで制定されたのだから、

もし911後のアメリカにいたなら

もし、今タイムマシーンがあって911直後のアメリカにいって2008年12月の状況をその場にいる人に報告したらその人は信じるのだろうか?

いくつかのことは信じられないのではないだろうか。

  • アメリカの金融システムの崩壊
  • G20の台頭とドルへの不信
  • ビック3の経営危機
  • 黒人大統領の登場
  • アメリカは2008年までの新自由主義を放棄してその反動があるかも

仮定の話なので断定することがないが、2001年にこのようなことが2008年に起こると言われていたとしても自分は信じなかったと思う。

それは2001年の自分にとっては、自分の想像の範囲を超えているからだ。

人は自分の興味があること想像できることしか見ない

サブプライムローンの危険性については2年ほど前から有識者によって指摘されてきた。
金融の中心にいる人もそのような指摘をされていることは気づいていたと思う。けどなぜ本当に市場がクラッシュするまで対策を取らなかったのだろうか?

自分は金融機関にいたわけでもないので想像するしかない。

  • 指摘されていたことは気づいていたが、見て見ないふりをしていた。
  • 指摘されていたことがそもそも理解できなかった。
  • 指摘されていたことは理解できたが、金融機関は傲慢で何とかなると思っていた。
  • 気づいていたが市場が加熱しすぎていて金融機関はどうすることも出来なかった。

どれが本当なのか分からない。けど警告されていたのにも関わらず事前にほとんどきちんとした対策を取らなかったことは事実だと思う。
そもそもチューリップバブルに始まり様々なバブルを人間は経験しているのになんで何回も同じことが起こるのだろうか?

「嘘」は世界をも動かす

嘘と真実の境目はその事象から遠くにいる人や近くにいる人からは曖昧なものなのだろう。
もしアメリカの金融が絶好調の時にその場にいたらサブプライム問題について指摘されたとしても自分は指摘されたことに対して感情的に反発したかもしれない。

結局自分が分かることは「嘘」にだまされる人が多いほど「嘘」が世界を動かすということだけだ。

けど、「嘘」で犠牲になる人がいるっていうことは「不条理」だと思う。
イラクで殺された人は今のアメリカを見てどう思うんだろうか?

嘘を見破るには「常識」を捨てる勇気が必要

ある情報をみて信じるかどうかは受け手の「常識」によるのではないだろうか?

911後のアメリカ国民の過剰反応は「未知の」イスラム教徒に対する誤解も存分にあったと思う。
ネットに限らず自分の持っている「常識」を疑う勇気を持たない限り嘘は見破れないのではないのではないだろうか?


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admin マスコミ, 世論 , ,