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ネットでの不毛な議論 実例編

2009 年 1 月 30 日 コメントはありません

いままでこのブログではネットにおけるコミュニケーションについていくつかのエントリーを書いてきたが、今回は実例をあげて自分の意見をまとめたいと思う。

ネットの利用方法は人それぞれでそれに対して自分がこうあるべきだといってもあまり意味はないかもしれないがネットでのトラブルを避けるためには実例から(反面教師的に)学ぶことも重要なのではないかと考えた。

念のためにいうが、ここであげる人たちについて個人的には好きでも嫌いでもない、ただネットで何かを書く以上、いろいろな意味でもったいないなと思うのだ。

まずは結論から

ネットでdisられるのにはある一定の条件があると思う。

*発言主の不遜な態度
自分の欠点は棚にあげときながら、言及する相手を見下した態度をとる人
*罵倒する人、人格攻撃をする人
本論に関係なく人格を傷つけることを平気でいう人

ここでは著名人について実例をあげて検証してみる。個人的にはここで上げる人たちについて好きとか嫌いという感情は持っていない。ただ、これらの事例を見る限り著名人がネットをするのはリスクが高いと思っている。

せっかく主張したい事があるのならできるだけ感情的にならずに淡々と書いた方がいいと自分は思うのだがどうだろうか?

山本弘氏の場合

個人的には山本弘氏はネットでものを書くのをやめるべきであると感じている。彼はネットでの議論がまともにできるとは思えないからだ。

インターネット以前のBBS時代にもその問題を指摘する人はいたようだが、現在もその問題点についてまとめてあるウォッチサイトがいくつかある。代表的なものは以下の2つ。

山本弘問題連絡会

コメント:古くからある山本弘ウォッチサイト

奇説珍説博物館 〜山本弘トンデモ資料展〜

コメント:新たなる山本弘ウォッチサイト。最近ではmixi内の山本弘氏の発言についても言及している。

氏の問題発言などはこれらのサイトから詳細を見ることは可能であるので興味のある方はぜひご覧になっていただきたい。

これだけではなく時々はてなブックマークやはてなダイアリーでも山本弘氏について言及しているエントリーがある。つい最近だとこのエントリになる。このブログは山本弘氏ではなくおなじと学会の唐沢俊一氏の盗作問題をメインにしているが、このエントリーでは結構冷静に山本弘氏の発言の問題点について言及している。

山本弘検証blog。 – 唐沢俊一検証blog

この記事の問題点を挙げてみると、

(1)法律に対する無知

(2)論理の一貫性の欠如

(3)著作権の軽視

ということになる。

…なんだか「トンデモ」さんとしての条件を揃えているような気が。自分は山本会長が唐沢俊一の盗用を批判しないのは、唐沢に気を使っているせいだと好意的に解釈していたのだが、実際のところは山本会長も著作権というものを軽視していて、盗用を「そんなに大したことじゃない」と考えているんじゃないのか?とこの記事を読んで思ってしまった。あと、MAD動画や同人誌と著作権法が調和するあり方を考えることなく、「儲けることを考えろ」と実利主義的なことしか書いていないのも気になる。普段は正義感にあふれている会長なのに。いずれにしても、著作権を軽視しているのはクリエイターとしてどうなの?と思うし、論理が一貫していないのは小説家としてどうなの?と思うし、トンデモじみた話を書いているのは「と学会」の会長としてどうなの?と思うのだが。

結局あまり知識のない分野で言及し、その内容に深みが持てなくなると「愛」という概念を持ち出している。また本人は作家でありながら著作権については軽視しているようだ。

本人は思ったことを書いているだけなのかもしれないが、あんまりな内容を書くとファンが減るのではないかと人ごとながら余計な心配をしてしまう。

またと学会について批判的なエントリーもあった。これも唐沢俊一氏の盗作問題についてと学会のメンバーの反応について言及している。

Something Orange – と学会の沈黙。

ぼくには、かれのそういう態度は、実物を読みもしないでSFをばかにするような態度の裏返しに思えるんだよね。

さて、山本さんにしろ、岡田斗司夫さんにしろ、さんざん他人の「トンデモさ」を笑いものにして来たひとたちは、現在、唐沢さんの盗作騒動について沈黙を守っているようです。

もちろん、いっしょに仕事をしているからといって、他人の問題に言及する責任があるわけではありません。唐沢さんの問題は、唐沢さんが解決するべきことでしょう。

ただ、かれらがいままで散々ひとを笑い飛ばしてきたことを考えると、やはり、自分の仲間だけは特別扱いするのか、という印象は拭えない。

と学会はいつまで沈黙しつづけるのでしょうか。そして、身内の問題に対しては沈黙したままで、ひとの「トンデモ」を笑いつづけるのでしょうか。

いったいそれを自分のなかでどうやって正当化しているのか。ぼくには、それは、何だかとても空恐ろしいことに思えるのです。

人のことは批判して「笑いものにして」商売しているのに自分たちは批判されても沈黙するという態度は問題があると思う。一弾目のトンデモ本はおもしろかったが最近出版しているものは、無理やり見つけてきて出していると思うのは私だけだろうか?

奇説珍説博物館 〜山本弘トンデモ資料展〜 によると山本弘氏は一時期掲示板を運営していたが管理者である氏自身が問題発言を繰り返し結局掲示板を閉鎖した。またそのあとmixiなどに場所を移していろいろ問題発言を繰り返しているようだ。もうネットでの議論はこりごりなんだろうなと思っていたが最近は 山本弘検証blog。 – 唐沢俊一検証blog でも取り上げられている通りブログもしているようである。

山本弘のSF秘密基地BLOG:今度は「神舟7号の宇宙遊泳もなかったろう論」

では、山本弘検証blog。 – 唐沢俊一検証blogでツッコミを入れられているようなトンデモな主張ではなくまっとうなことをいっているのだが、トンデモ本の原稿よりも感情的にしかも煽るような書き方をしてエントリーを締めくくっている。せっかくいいことをいっているのにもったいないなと思う。

こちらは松浦晋也さんのブログ。

松浦晋也のL/D:このっ、バカ共が!

松浦さんはまともなことを書いているのだが、コメントがひどすぎる。「バカ」とか「太平洋戦争」という単語に脊髄反射で反応してるとしか思えない。
ニコニコ動画のコメントについては、「みんなネタで書いてるんじゃないか」という意見もあったが、こうして見るとやはり真剣に信じてる奴が多いようだ。松浦さんが腹を立てるのも無理はない。

あのね、小学生のきみたち、松浦さんという人は、宇宙開発についての本を何冊も書いている、いわばプロなんだよ。
宇宙開発の知識については、きみたちの何百倍もくわしいんだよ。
そんな人に向かって、何をえらそうに文句言ってんの?
ド素人の自分の方が松浦さんよりかしこいと思ってる?
悪いけど、「バカ」と言われてもしかたないね。

この騒ぎが中国人に知られないことを祈る。知られたら、「日本人の科学レベル低すぎwwww」「だからいまだに有人宇宙船打ち上げられねーんだよ」とか笑われるに決まってるから。

言っていることはもっともだと思うのだが、煽りまくった文章からは理性は全く感じられない。トンデモ本を購入する固定ファンには受けるかもしれないが、ファンではない自分にとっては不快に感じる。トンデモ本で書いているような煽った文章が受けると思っているのかもしれないが、インターネットではトンデモ本を買う層と違う人たちもいるので、もうすこし感情を抑えた文章を書かないと、奇説珍説博物館 〜山本弘トンデモ資料展〜で主張されていることがもっともだと思われることになると考えないのだろうか?

氏が著名人でなければきっと全く注目されなかったエントリーだと思うが不快な思いをした人もいたのだろう、結構な人がブックマークをしていた。

氏は掲示板閉鎖のときに何を学んだのだろうか?

池田信夫氏の場合

池田氏のエントリーは結構ホットエントリーに入っているので目につきやすい。

ただ、ブックマークをしている人で本当に純粋にいい主張をしていると共感してブックマークされているか個人的には疑問である。

氏の場合、主張したいこととは別に全然関係のないことで人を誹謗するような書き方や一方的に時節を主張するのが問題なのではないかなと思うのである。例えば

内向きになる日本 – 池田信夫 blog

コメント:『内田氏の勤務する大学がどうかは知らないが』ってなんで本題と直接関係のないことに言及するかは意味不明。言っていることはそんなにおかしくないのに、残念。

大麻とタバコのどっちが有害か – 池田信夫 blog

コメント:この人の論て何でいつもこんなに極端なんだろう。正直大麻とタバコを比較する意味がよくわかんない。大麻よりタバコのほうが有害っていう事実ってあるの?大麻から覚せい剤の利用が増えるって説もあるのに。

アメリカ経済を動かすブログ – 池田信夫 blog

コメント:自分はどうなんだw

コメントとは自分のブコメである。氏に対するブコメはその内容よりもこの様なツッコミが多いような気がする。せっかく貴重な時間をさいてブログを書いているのにもったいないと思うのは自分だけだろうか?

もうちょっとうがった見方をすると、アクセスを増やすためにこの様な突っ込まれるようなことをわざと書いているのだろうか?

最近は氏のエントリをはてなのホットエントリーで見かけても見にいかない。なぜならきっと自分は本題と違う揚げ足取りのコメントしか出来ないからだ。ブックマークする時間がおしいと思う。

その他の関連リンク

伊藤剛さんと岡田斗司夫氏の和解について。 – 唐沢俊一検証blog

コメント:自浄能力がないと学会の存在価値って何だろう?

山本弘のSF秘密基地BLOG:伊藤剛氏のブログについて

コメント:こんなこと書かなきゃいいのに

池田信夫vs五十嵐仁

コメント:池田氏は正しいことを言っているかもしれないが、議論の仕方には問題があると思う。

神谷秀樹:強欲資本主義・ウォール街の自爆

コメント:この本はいい本だと思うけど

ブックマーク数が多いと言っていいエントリとは限らないと思った。

2008 年 12 月 15 日 コメントはありません

あるエントリーをかいて結構ブックマークされた。
正直こんなに反応をいただけると思っていなかった。

なぜなら、前によく似たエントリーを書いたのだが全くブックマークをされなかったからだ。

注目を浴びるために極論を書いた方がいいわけではない。

RSSリーダでいつもチェックしている 北の大地から送る物欲日記さん から私のエントリーに対して言及があった。

トラックバックされているのをさっき気づきました。遅くなってすみません。

ソーシャルブックマークにおける反応あれこれ – 北の大地から送る物欲日記

ブログを書く以上、たくさんの人に見てもらいたいという欲求は多くのブロガーが持っているものなんだろうけど、それを得るために反応を得やすい極論やネガティブ内容に走るってのは、ハイリスクハイリターンな行為。ハイリターンが望める反面、返ってくる反応を制御してさばききれなければ、単なる炎上して燃え尽きたブログになってしまうという。

今日、気づいたら北の大地から送る物欲日記さんが指摘しているのと同じようなことをしている人がいた。正直おどろいた。自分がリンク先のような行為は全然勧めていない。念のため。

あと北の大地から送る物欲日記さんのエントリー「ネガティブコメントやタグはスルーするに限る – 北の大地から送る物欲日記」を見ると某アルファーブロガーの方もネガコメにはまいっていたようである。今日気づきました。

北の大地から送る物欲日記さん勉強になりした。ありがとうございます。

ブックマーク数が多いページは良質なエントリーとは限らない。

ネガティブコメントやタグはスルーするに限る – 北の大地から送る物欲日記」のリンク先をみるとはてなブックマーク数はとてつもない数があるが結構ひどいコメントもある。けど、ほとんど見るべきものはないと思う。
ブログ主もはてブで書いている人も罵倒しあっているだけにしか私には見えない。

あるまとめサイト管理人の思ったこと » ホームページやブログに反応があるのはやっぱりうれしい」でも言及したがたくさんのブックマークされたエントリーあるまとめサイト管理人の思ったこと » 勝手にリンクが張られて反論されるのは当たり前で書かれた内容をはてなブックマークにあてはめて書き直したものである。

どちらのエントリーもほとんど同じ事を言っているのにも関わらず片方はブックマークをあつめ片方は全然ブックマークされていないことから見てもエン トリーの内容の良し悪しに関わらずはてなブックマークを利用している方々から興味が持たれるタイトルをもつエントリーがブックマークされやすい傾向にあるのだろう。

それで今日気づいたことが
「ブックマーク数が多いと言っていいエントリとは限らない」
ということだ。

はてブされること、はてブ数。気にしますか? – かみんぐあうとっ

まぁ、はてブされたらうれしいけれど、はてブされることが目標になるのはどうかなぁと思ったり……。うーん。

そうですねー、

はてブされること、はてブ数、気にせずにコンスタントに書き続けられるのがいちばんかなー。

あまりブックマークをされることを意識してばかりいると自分の本当に書きたいと思う事は書けないのかもしれないと思った。

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ネットでのトラブルを避けたいな

2008 年 12 月 10 日 コメントはありません

ネットは普及し誰もが利用している。
とくにi-modeや写メールなどのサービスにより携帯でのメールが一般的になるにつれて今や老若男女ネットを利用している。

また仕事でもメールでの連絡が普通になっている。今やネットなしではビジネスを考えるのは難しいのではないかと思う。

メールをはじめとするネットを利用したコミュニケーションは文字が中心でありなかなか意図したことが伝わらないのではないかと考える。

2ちゃんねる、mixiなど文字中心の掲示板などで発言するときには、発言が共感され、相手のいうことを聞く度量または聞き流すぐらいの余裕がないと楽しめないのではないかと思う。逆のことをすればネットを楽しめないのではないだろうか?

人の話を聞かない。
人が書いた文章や意図をよく読まずに議論を続けると発言することが歓迎されなくなる。
空気を読まない。
発言が歓迎されていないと感じてたなら発言は控えるべき。
わざわざ掲示板のルールに書かれていることに不満を述べても誰も評価をしてくれないことは理解した方がいい。
罵詈雑言
自分の書いた言葉は往々にして自分自身をあらわしていることがあることがある。極力そのような発言は避けるべきである。
興奮状態でネットをする
多くの人はネットではお金をもらっているわけではない。
いくらネットで熱い議論を行っていてもそれで必要以上にエネルギーを使うべきではない
煽り
相手にしてほしいばかりに煽る人がいるが、嫌われるだけなので極力煽らない方がいい。
誹謗中傷をしない
あなたがしたことは、あなたに返ってくることをよく考えるべきである。あまり誹謗中傷がすぎると訴えられる可能性がある。
あなたがまっとうな社会生活を送ることを望んでいるのなら訴えられるリスクは出来るだけ排除するべきである。

自分がいくら注意していてもネットトラブルに巻き込まれる可能性はあるが、自分が「荒らし」になるようなことは避けるべきである。


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勝手にリンクが張られて反論されるのは当たり前

2008 年 12 月 8 日 コメントはありません

はてなで一部「ネガコメ」と呼ばれる言葉が使われている。

けど「ネガコメ」問題ってWebが誕生したときからある問題だ。

リンクが出来るのがweb

自分が最初ウェブを経験したのはもう15年くらい前になると思う。
それまでは電子メールとusenetがインターネットの主なアプリケーションだったと思う。
Webの一番の特性は自分のコンテンツでないコンテンツに簡単にリンクできることだ。

yahoo!も最初はネットにあるwebコンテンツのリンク集のようなものだった。

リンクを貼られるのを嫌う人

インターネットの黎明期から自分のコンテンツに無断でリンクされるのを嫌う人がいた。

けどそんなことを表明しても無駄だったと思う。
簡単にリンクされるのがwebのもつ基本ルールなのにそれに反発したってあんまり意味はない。

もちろんリファーラなどで特定のリンクからのアクセスを制限することは可能だ。けど無料のサービスでは設定することは出来ない。

発言したことは批判されても仕方がない。

ここまで書いてきたようにWebの特性上、Webで自分が書いたことをWebで批判されることは防ぎようがない。
よくよく考えたらネットだけの話だけでなく言論というのはそういうものだと思う。
そもそも批判がなければ言論は成り立たないのではないだろうか?

何かを主張するのであれば批判も甘んじて受けなければいけないと思う。

建設的な批判なのかただの悪口なのか

悪口しかいえない人っている。
もしかしてネットをする人はそういう人が多いのかもと思ったりもする。
悪口しかいえない人はそういう人なんだと思うしかないと思う。

ようは相手にするだけ無駄と思う。

けど批判的な意見には見るべきものもあるのかも。

反応がないことより反論があったほうがもちろんよい

自分は色々考えがあってブログをはじめた。

自分の文章もちぐはぐでついついクリックしてしまうようなタイトルをつけることもできない。

そのためほとんど反応がない。

反論があるほうが反応がまったくないよりいいと思うのは自分だけだろうか?


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「常識」を前提にした不毛な議論

2008 年 12 月 2 日 コメントはありません

ネットで誰かと議論するとき「常識」を振りかざしたり相手の人格を傷つけるようなことを指摘して自分のいっていることが正しいと主張する人がいる。

そのようなときはネットにはいろいろな人がいるとあきらめて議論を中断した方がいい。
多分、そのようなことをいう人は正常な精神状態ではないか、またはどこにいっても人とのコミュニケーションにおいて問題を起こすような人だからだ。

そのような人物に対していつまでもつきあってあげる必要はない。つきあうエネルギーと時間は絶対に無駄になるからだ。

ネットを趣味でやっているのなら必要以上にエネルギーを費やす必要はない。

自分が正しいと過信すること

ネットで自分の考え方を書くことってエネルギーを使うし、下手したらトラブルに巻き込まれる可能性もあるのになんでみんな書くのだろうか?
なにかどうしても自分が考えていることを理解してほしい。またその思いを共感してほしいと思うから書くのだと思う。
けどその思いが強いとどうしても自分の思いや考え方を押し付けることになると思うのだ。

これはブログだけにとどまらず、2ちゃんねるのような掲示板、mixiのようなSNSでも傾向は同じではないだろうか?

自分のことを100%理解してもらえないと思った方がいいのでは?

親子でも100%理解できないと思う。少なくても自分は100%親のことを理解できているとは言えない。
ネットでは基本的にテキストでの議論が多いと思うのだが、ほとんど会ったことがなくこれからも会うことがないであろう人から完全に理解されかつ理解するということはすごく難しいのではないかと感じている。

実際に会ったことのない人とネットだけで理解されることは期待するべきではないと考えた方がいいのではないだろうか?

人の考え方はそれぞれ違うということ

あるまとめサイトを自分は運営しているのだが自分のしていることが絶対に正しいという自信はない。
特に第三者が私のサイトをみて私のしていることが「100%の正義」であると思ってくれることはぜんぜん期待していない。ただ、このサイトを必要としてくれる人がいると信じるに足ることがあったのでずっと運営は続けるつもりだ。

このサイトを運営してよく理解できたことは
自分の正義感を押し付けてはいけない
ということだ。

自分の考えを押し付けるのは荒れるもと

ある事柄について話しているときにどうしても受け入れることが出来ない考え方を持つ人がいる。そのときには対処方法は大きく分けて2つあると思う。

  • 徹底的に議論する。
  • 徹底的に無視する。

どちらが正しいかは自分は断定できない。話している話題と相手と場によると思う。

必要以上に熱くならない。

どちらの方法を採るにしても気を付ける必要があるのが感情的にならないということだと思う。
熱くなりすぎて相手の人格を傷つけるような発言をすれば収拾がつかなくなる。

自分の常識は何かを語らない

相手の主張していることが自分の「常識」と違うからといって、そのまま『あなたは非常識ですね。』といったらだめなような気がする。
そのようなことを言えば「話すのは無駄だ」といっているようなものだからだ。

議論を続けたいのであれば自分の「常識」が正しいかをよく考えた方がいい。

そのように思うときには正確な判断は出来ていないはずなのでしばらくその議論話題から離れた方がいいのではないだろうか?

ネットに過剰な期待はしない方がいい

仕事で知り合ったり、学校で知り合ったりする人間関係とは違いネットで知り合うことで出来ることいえば軽い共感が得られるぐらいではないだろうか?

リアルなつきあいでは苦手な人と付き合わなければいけないときがあるが、ネットではイヤになれば無理に付き合う必要がない。

したがって完全に理解してもらう必要はないのではないだろうか。

追記:書き上げた後に自分が共感したブログがありました。

■自分の好きな物や信じてる物を否定されると話が通じなくなる人が身の回りに多くて困る
こういう人たちと上手く付き合う方法はない物か。

そういう人たちとネットではなく実際に付き合っていくのって大変だと思うが、ネットであろうとそうでなかろうと相手にあわせて聞いてあげるということも重要な気がする。

ただそれを本当に実行するのは大変だと思う。


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