私は自分のためにブログを書いている。


ブログをはじめて2ヶ月近く。
はてなブックマークからはてなスターをつけてもらって、それで楽しくってブログを書くことをはじめた。
結構自分の考えを今までまとめて書くということはなかったので、発見の毎日である。
今日、はてブで
僕のブログは誰が読んでいるの?僕は誰に向けて書いているの? – 真性引き篭もり
を読んだ。
題名についてはブログを書いている人はみんな思っていることだと思う。ブログをはじめてさっぱり反応がなかったときはどうしたらアクセスう数が増えるのか色々考えたものだ。
だからはてブもしたし、このようにエントリーを書いている。
確かなことは、僕が、こうして、悪戦苦闘して、ブログを書き続けてきて、幸せになった人はただの1人も存在しないという事だ。僕がブログを書いて、書き続けてきて、喜ぶ人は1人も存在しないという事だ。たとえば喜ぶ人が、あるいは幸せになる人が存在しているとすれば、それは僕の身の破滅を喜ぶ人であり、僕の身の破滅に幸福感を覚える人だけだ。
彼の過去を知らない自分としては何でそのような結論に至るのかは疑問であるが、少なくても自分は彼の不幸を望んでいない。
逆にエントリーのネタを提供してもらって感謝しているし、ブログをなぜ書くのか考えるきっかけを作ってもらって「幸せ」だと思う。
R30とかいう人が
>今後は知り合いでもない方々に自分の論考を
>タダでは提供しないことに決めたので、あしからず
とか書いていたが、では、そうであるとしたら僕はどこへ行けばいい?知り合いなんていないよ。論考なんてないよ。かつてここにあったのは僕の全てだ。そして、知り合いなんて1人もいない。僕はどこへ行けばいい?どうすればいい?こんなくだらない場所で、こんな忌々しい場所で、何かを書き、何かを記す事になんの意味がある?どうせこれまでもそうであったように、僕が悩み、苦しみ、意気込んで、猛烈に書けば書く程に、どこかで誰かが破滅するんだろう?僕自身にしたって、似たようなものなんだろう。ブログなんて書き始めるんじゃなかった。ブログなんて読むんじゃなかった。だがもうしかし手遅れだ。せめてもう少しブログが上手く書けたなら。もっと頑張ってブログを書いていたらば。ブログを書き続ける苦しさに背を向けて逃げ出したりしていなければ。踏みとどまって頑張っていれば。
まあ、ネットで自分が一生懸命書いたものに対して冷ややかな反応や的外れなコメントしかもらえなかったら「R30」さんのような反応をするのは自然だともいえると思うが、そもそもブログを書くことで何か大きな見返りをするから苦しむのかなと思う。
けど、そんなことを言っている自分ももっとアクセスが増え注目してほしいなとスケベ心もあるので言っていることは「破滅」うんぬんのくだり以外は理解できる。
また、時間をかけて書いたものはあまり読まれなくて、いい加減に書いたものが結構読まれたりすると、結局タイトルしか見ていないのかなと思ったり、まあどうでもいいことで悩んだりもする。
けど引き続き自分が信じていることや考えていることはまとめて書くつもり。
最近、アクセス数や周りの反応を気にすることより自分の考えを整理する為に書こうと思ってから、何のためにブログを書いているのか悩むことは少なくなった。(たった2ヶ月しかしていない新参者の自分はもしかしてそのようなことを言う資格はないかもしれないが)
最後に「真性引き篭もり」さんがんばって下さい。新しいエントリーを楽しみにしています。


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