無料モデルはネットだけでなく既存のメディアも含まれるはずである。

ネットの無料モデルに“マスメディア”の未来はない|岸博幸のクリエイティブ国富論|ダイヤモンド・オンライン
を読んで違和感を感じた。そのことについてちょっとまとめてみたい。
民放ラジオ-テレビも無料モデルではないだろうか?
無料モデルは何もネットだけに限らない。この記事では冒頭このような感じで始まる。
“情報のゴミ溜め”インターネット(以下「ネット」と略します)は、マスメディアとジャーナリズムをどんどん衰退させています。
この人はよっぽどネットが嫌いなのだろうか?と感じる文章で始まる。
むしろ、ネットがマスメディアを窮地に追い込んでいる本質的な理由は、ネット上でのマスメディアのビジネスモデルの主流が(広告収入をあてにした)無料モデルとなっているからではないでしょうか。
これってまさしく民放の仕組みと同じではないだろうか?
民放の利用者は基本的には放送を見ることに対して直接的にお金を支払っていない。基本的にはスポンサーがいて成り立っているビジネスである。
新聞だって広告収入で成り立っている
たしかに新聞はお金を利用者が払っていることで成り立っているビジネスである。それは間違いがないのだが新聞にも広告が掲載されているし、そもそも宅配の場合は織り込みチラシだって入っているではないか。
また、宅配制度だって「押し紙」問題があり、販売制度に問題があることをご存じないのだろうか?
今のところ思うところ
確かにネットの言論に問題があるのは間違いないが、そもそも先にあげた「押し紙」問題はネットなど既存メディア以外のメディアでないと追求が難しいのではないだろうか?
ネットの悪いことを指摘するのであれば、ネットのいいところも指摘した上でないと「この作者はきっとなにかの理由でネットが嫌いなんだろうな。もしかして新聞社から何らかの便宜を受けているのかな。」と思われても仕方がないと思うのは私だけだろうか?
この続きはまた時間があるときにでもまとめるつもりである。とりあえず、今日のところはここまで。


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